大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成5年(う)768号 判決

本籍

京都市中京区室町新町之間三条下る三条町三四二番地

住居

京都市西京区大枝北福西町二丁目五番地の五

職業

ゴルフ会員権売買業 髙木幸雄

昭和一六年七月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成五年六月三〇日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人代理人弁護士から控訴の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 岩橋廣明 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松田敏明作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は量刑不当の主張であるが、記録を調査すると、本件は、昭和六三年度及び平成元年度の所得について合計一億七四八二万二八〇〇円の所得税をほ脱した事案であり、昭和六三年度分の所得申告率(実際所得に対する申告所得の割合)は約三九パーセント、ほ脱税率(正しい所得税額に対するほ脱税所得額の割合)は約七四パーセント、平成元年度分にいたっては所得申告率が約一二パーセント、ほ脱税率は約九〇パーセントに及んでおり、記録を精査しても、他のこの種事犯と比較して格別に斟酌すべき事情は認められず、当審における事実取調べの結果をも参酌して所論の点を検討しても、原判決の量刑が重すぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内匠和彦 裁判官 西田元彦 裁判官 鈴木正義)

○控訴趣意書

被告人 髙木幸雄

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は以下のとおりである。

平成五年一〇月二五日

右弁護人弁護士 松田敏明

大阪高等裁判所第四刑事部 御中

原判決は、被告人に対して、懲役一年六月、執行猶予三年、罰金三五〇〇万円の刑を科しているが、右量刑は、以下の理由で明らかに重きに過ぎ不当であるから、その破棄を求める。

第一 量刑全体が重すぎることについて

一 被告人の「実質的なほ脱税額」の低さについて

1 被告人の本件犯行は、一審における検察官の冒頭陳述でも述べられているように、主として、被告人が設立し、代表取締役を務める日本ゴルフ信販株式会社(以下「日本ゴルフ信販」という)の経営が不振であったため、バブル経済の影響で好調であった被告人の個人事業である京滋ゴルフサービスの売上分を圧縮して、日本ゴルフ信販の運営資金等を捻出するために行われたというものである。

2 ところで、被告人はもともと京滋ゴルフサービスという名称でゴルフ会員権販売を行っており、新たに、ゴルフ会員権の割賦販売を行うために日本ゴルフ信販を設立した。

被告人の個人営業である京滋ゴルフサービスと法人である日本ゴルフ信販とは、法的には一応、別人格であるものの、日本ゴルフ信販は被告人が株式の一〇〇パーセントを保有する一人会社であり、従業員も男女計四名と、被告人の個人営業と何ら変わりがなく、実質的には被告人が両方の事業を行っていたといえる。そして、被告人は自己の二種類の事業のうち、一方の不振を他方の賭で補おうと考えたのである。

ところで、かりに、被告人が、京滋ゴルフサービスと日本ゴルフ信販の業務を、いずれも個人で行うか、あるいは同一法人で行っていたならば、一方の不振を他方の利益で補うのは当然であって、脱税という問題は生じなかったか、仮に生じたとしても、起訴に値する程度に至らなかった可能性が大きい。

本件は、たまたま、被告人が日本ゴルフ信販を別法人として設立して事業を行っていたため、脱税問題が生じたとも言うべき事案である。

したがって、言いかえるならば、被告人の「実質的なほ脱税額」は一億七四〇〇万円よりかなり低い額になり、また被告人の行為の「実質的違法性」の程度も低いというべきである。

3 脱税事犯の量刑に関しては、その情状として、一般的に、ほ脱額の多寡とほ脱率の程度が重視されている。しかし、本件においては、右に述べたとおり、形式的なほ脱額ではなく、被告人の「実質的なほ脱額」の低さを考慮に入れた判決がなされるべきである。

二 犯行の動機その他について

1 被告人の本件犯行の動機としては、第一審の弁護人の弁論要旨にも記載されているように、〈1〉日本中をおおったバブル経済に踊らされた部分が多大であること。〈2〉身体に障害をもつ長女の将来を心配しての生活資金の確保や自己の経営する事業の安定化のためであること等であり、けっして利己的・刹那的な動機によるものではない。

また、前項でも述べたように、被告人の個人事業と日本ゴルフ信販との実質的一体性に鑑みれば、被告人が日本ゴルフ信販の不振を個人事業の収益を充当して補うという動機自体は、ある意味ではごく当然な発想であると言えないこともなく、被告人に対する重い非難は当たらない。

2 また、被告人は、本件に関して、国税庁の査察の当初から本件犯行を素直にみとめており、反省の態度も顕著であるばかりか、新聞等で本件を報道される等、社会的制裁も十分に受けている。

三 原判決は、以上の諸情状についての評価を誤ったもので、その量刑は重きに失するものであるから、破棄されるべきである。

第二 とくに罰金刑について

1 被告人は、国税庁の査察に対して、素直に脱税の事実を認めたばかりか、二度にわたって修正申告を行い、本税については、金融機関から借り入れをして、すべて納めている。

さらに、多額の延滞税と重加算税については、一度に納めることができないことから、自宅の土地建物を国税庁に対して担保に差し出し、分割で納める予定である。

このように、被告人は、脱税による行政上の処分については素直に従っている。

2 ところが、原判決では、さらに被告人に対して、三五〇〇万円という多額の罰金刑を科している。

脱税事犯において、罰金刑が併科刑として規定されている趣旨の一は、違法な利得を得させないというものであるが、前項で述べたとおり、もともと本件によって、被告人には個人的な利得が存しないばかりか、修正申告により、支払うべき税額をすべて支払った上で、重加算税の支払いのために大変苦慮しているというのが実情である。

この上、被告人に対して、多額の罰金刑を科すと、被告人の生活が破綻するばかりか、罰金を払えないために、労役場留置となる可能性すらある。

3 ところで、いわゆる量刑の相場から見ると、一億七四〇〇万円の脱税に対する罰金として、三五〇〇万円という額はさほど高くないと言えるかもしれない

しかし、そもそも、所得税法二三八条の原則からみると、罰金刑の上限は五〇〇万円であって(一項)、情状によって罰金の額を「免れた所得税の額又は還付を受けた所得税の額に相当する金額以下」に加重できるものである(二項)。

本件においては、前述のように、被告人の実質的なほ脱の額が低いことや被告人の犯行の動機、さらには現在の被告人の経済状況からみて、あえて二項を適用することなく、一項の原則の範囲内での罰金額に留めるべきであり、三五〇〇万円もの多額の罰金を科している原判決は、極めて不当である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例